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桜の便りも聞かれる頃となりました。 名古屋市郊外の愛知牧場では菜の花畑が見頃になっています。 先日、朝日新聞に次の様な記事が載っていました。 脳死と診断された長男の臓器を提供した父親と、別の男性から腎臓の移植を受けたピアニストの女性が出会い、一つの歌が生まれた。題名は「若者の旅」・・臓器移植でつなぐ命への思いをつづった歌が、鳥取市で開かれた移植医療の講演会で初めて披露された。 1987年、米国留学中だったTさんの息子さんは転落事故に遭い、脳死と診断された。父親のTさんは臓器提供を決断した。息子さんの心臓、肝臓、二つの腎臓、二つの角膜は移植に提供され、手足の骨は少なくとも63人に整形手術などで使われた。「息子の体は死んでも、心は生き続けている。脳死だったおかげで、たくさんの人に提供できたと思っている」とTさんはふり返る。 Tさんは昨年鳥取市で開かれた移植医療を考える講演会に招かれた際、11年前に腎臓移植を受けたピアニストのKさんの体験談を聴いた。Tさんは帰宅する列車の車内で息子への思いをつづった詞をしたため、後日、「臓器移植への理解を深めるため、自分が書いた詞に曲を付けて歌を完成させて欲しい」とKさんに依頼した。 腎臓病に苦しんできたKさんは、20代の男性から腎臓の提供を受けて健康を取り戻した。しかし、助かる命の裏側で亡くなる命があるという現実に心の片隅に引っかかりを感じながら暮らしてきた。 それでもTさんから「息子の臓器がいまもどこかで生きているということが家族にとってとても幸せなこと。私たちのほうが臓器をもらって頂いてありがとうと言いたい」と声をかけられ、前向きな気持ちになれた。作曲は初めての経験だったが、「Tさんの心のままをメロディーにしたい」といつでも口ずさめるような明るい曲を完成させた。 そして先日、Kさんが所属するグループ「ザ・ハート」のメンバー3人が曲と歌を披露した。ピアノを演奏したKさんは「臓器移植は普通の生活を取り戻せる、すばらしい医療のひとつ。その思いを伝えたい」。約400人が聴き入った。 完成した曲を初めて聴いたTさんは「息子もきっと喜んでいると思います。これは宝物になります」と語った。そのTさんは今年1月、「グリーンリボン、ドナー家族会」を立ち上げ、移植医療の普及に協力する活動を始めた。・・朝日新聞の記事より抜粋 若者の旅 白い木蓮(もくれん)が庭先に咲き誇る 川崎の春いつものように 雲が流れゆく 白い花が雲と奏でる 不思議なメロディーの中で若者は旅立った 多くのアメリカの人々が若者の身体を引き継いだ 多くの日本の人々が若者の心を引き継いだ 若者の旅は雲のように流れゆくのだろうか 木蓮のように咲き続けるのだろうか 冬になれば雪になり 春になると花になり 夜になれば月になり 朝になると太陽になり 旅はいつまでもつづく いつまでも |
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